【話題】伝説となるスピーチその1〜スティーブ・ジョブズ


 

現在絶好調のアップルのCEO・スティーブジョブズのこのスピーチはかなり有名です。

そんなアップルも10年前は死んだ。と言われてました。
でも他人の判断なんて、ほんとあてにならないですよね。

敏腕起業家の波瀾万丈の人生訓は深すぎます。

スタンフォード大学卒業祝賀記念スピーチその1

■「大学中退者」から「エリート大卒業生」に贈る言葉

ありがとう。
本日私は、この世界有数の大学のうちの1つで、学位授与式に皆さんと同席させて頂き大変光栄に存じます。

実を言うと、私は、大学を卒業しませんでしたので、これが今までに得られた最も大学卒業に近い経験ということになります。

本日は、皆さんに私自身の人生から得た3つのストーリーを紹介します。

それだけです。
特別にすごいことではありません。
たった3つの物語です。

最初の物語は、「点と点を繋ぐ」ということです。

私はReed College(リード・カレッジ)に入学して、その6ヵ月後には退学していました。
ですが、それから本当にやめてしまうまでの残り18ヵ月ほどの間は、大学に居残って聴講だけはしていたのです。

それじゃぁ、なぜやめたんだと思われるでしょう?

話は私が生まれる前にまで遡ります。

私の生みの母親は、若い未婚の大学院生で、私のことは生まれたら養子縁組に出すと決めていたのです。

彼女は、私が大卒の両親によって育てなければならないと、固く心に決めていました。

私が生まれたらある弁護士夫妻によって引き取ってもらうことで話は全てついていました。

ところが、いざ私が生まれた瞬間、土壇場になって、この弁護士夫妻は、やっぱり女の子が欲しいと言い出したのです。

それで、養子縁組希望者リストの中の二番目の候補に夜も遅くなって電話がかかってきたのです。

それが今の育ての両親となったわけです。

「予想とは違って男の子が生まれたんですけど、それでも赤ちゃんが欲しいですか?」

彼らは、「もちろん」と答えました。

私の生みの母親さえも後で知ったことなのですが、この育ての親となる女性は大学なんか一度も行ったことがなく、父親となる男性に至っては、ロクに高校も出ていなかったのです。

そうと知った実母は、養子縁組に関しての最終書類へのサインを拒みました。

それから数ヶ月たって、今の両親が将来私を必ず大学へ行かせると約束したので、実母もようやく承諾することになったのです。

■私が大学を中退した経緯

それから17年後に、私は本当に大学に行くことになりました。

しかし、私は深く考えもせずに、スタンフォード並みに学費の高いカレッジを選んでしまったんです。

それで、労働者階級の両親の貯金は、全て私の大学の学費に費やされてしまいました。

そうして6ヶ月も経った頃には、私はそこに何の価値も見出せなくなっていました。

私は、自分が人生で何をしたいのか全く分からず、それを見つける手助けを大学がしてくれるのかも全く分からないといった状態でした。

それなのに、私は、自分の両親がそれまで必死に節約して貯めた貯金を残らず使い果たしてまで、そこにいたのです。
だから私は退学を決めたのです。
それで全てがOKになると信じて決めたのです。

その当時、正直言ってかなり怖かったのは事実です。

しかし、振り返ってみると、このことは私の人生最高の決定のうちの1つでした。

だって、やめたと決心した瞬間から興味のない必修科目の授業を受けるのを止め、その代わり、面白そうな教授の授業にだけは顔を出すようにしたのですから。

そうは言っても、ロマンチックなことは何一つありませんでした。
私は(退学していたため)寄宿舎(寮)に自分の部屋がなく、友人の部屋の床で寝泊まりさせてもらっていたし、店に返却すれば5セントの保証金がもらえるコークの瓶を集めて売っては食費に充てたりしてました。

そして、日曜の夜はいつも7マイル(11.2km)も歩いて街を抜けては、ハーレクリシュナ寺院でおいしい食事を恵んでもらっていたんです。

結構おいしかったのを覚えています。

こうして、自分の好奇心と直観力の赴くまま引き寄せたことの多くは、後になって極めて貴重なことだって分かったのです。

ここで一つ具体的な話をさせて下さい。

■「出会い」と「縁」…この不思議なるもの

リード・カレッジは、当時としてはおそらく国内最高のカリグラフィ教育を提供するところでした。

キャンパス中至る所で、あらゆるポスターからあらゆる引き出しのあらゆるラベルにまで、美しい飾り文字が施されていました。

私は退学しており、通常のクラスをとる必要がなかったので、このカリグラフィについて学ぼうと決めたのです。

私は、セリフ書体について学び、サンセリフ書体についても学び、さらにすばらしいタイポグラフィを表現するために異なる書体の組合せの際に、字間を調整するということについても学びました。

それは美しく、歴史があり、緻密な芸術的要素を持ち、、科学では分析することが出来ない世界でした。
私はそれにすっかり魅了されました。

こういったことは、どれも、私の人生においての実用的なアプリケーションだとはとても言えたものではありませんでした。

それでも10年後に、我々が最初のマッキントッシュ・コンピュータを設計する頃になって、ようやく全てを思い出しました。

そして、我々はマックにそれの全てを組み込んだのです。

それは、美しいタイポグラフィ(フォント)による最初のコンピュータでした。

もし私が、大学であの講義にぶらっと立ち寄らなかったら、マックには複数の書体もプロポーショナル・フォント(字間調整フォント)も入ってなかったでしょう。

そして、WindowsはまさにMacのコピーに過ぎないので(笑い)、そんなパソコンはどこにも存在し得なかったことになるのです。

もし私が、あの時ドロップアウト(退学)していなかったら、私はあのカリグラフィの講義にはドロップイン(寄り道)しなかったでしょう。

そして、パソコンには今あるような素晴らしいタイポグラフィ(フォント)がなかったかも知れません。

もちろん私が大学にいたときには、そんな先のことまで見通して点と点を繋いでみるなんてことは不可能でした。

しかし、10年後に振り返ってみると、それはとっても明白でした。
もう一度言います。

あなた方は未来から振り返って点と点を繋ぐことは出来ません。

あなた方は、過去を振り返って、それらを繋ぐことが出来るだけなのです。

だからこそ、あなた方は、今の点がどうであれ、それらが自分たちの将来に必ず繋がると信じなくてはならないのです。

あなた方は、何かを信じなければなりません。
根性、運命、人生、カルマ、何であれ。
このアプローチは、私をこれまで失望させることがありませんでしたし、それが私の人生での大きな違いを生じさせたのです。 

(つづく)

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

2005年6月12日 スタンフォード大学卒業祝賀記念スピーチより

 
 
皆さんの「ええ時」が「永遠の時」でありますように。
流れる川は凍らない。
人を繋ぐアイデアエンジニア
~全ての世代に届くネットワークを~
by Eitoki
でした。

=============================================
2011は六星占術「再会」「種子」の年。
2012は六星占術「財成」「緑生」の年。
2013は六星占術「安定」「立花」の年。
◆歴史を変えるパートナー集結中◆

◆Test運用中:公式ブログ
http://blog.eitoki.com

◆Facebook
プロフィール:
http://facebook.com/utah.eitoki
メールアドレス:
utah.eitoki@facebook.com

◆Twitter
http://twitter.com/#!/Eitoki2012

 


0 comments

Proudly powered by WordPress
Theme: Esquire by Matthew Buchanan.