【成功論】『世の中の恐るべき真理』 by ヒロト(長野広稔)


このヒロト(長野広稔)氏、
年齢若干〇〇歳って感じの人なんだけど、的確に、『世の中の恐るべき真理』を突いてますね。
   
この種の話、色々聞いてきてるけど、
以下、まさに涙モノに(大袈裟?(笑)でも無いと思うんだよね^_-)的確ですね。
僕自身も課題ありです^^;
 
瞬間的に集中行動しただけでは価値は薄く、その時その時の結果に一喜一憂しているうちは「成功者として半人前」で、経験を重ねることとそのプロセスが大事なんだと。


【復習】「ホメオスタシス」を誤解しないように


 

Eitokiです。

昨日は我々のプロジェクト構成メンバーミーティングでESBIの違いから、フォローアップでA氏が補足講義をしてました。
その中で、環境を変えるという話、潜在意識を変える、という話から苫米地さんの話になりました。

で、復習。

今日の話に出て来た
ホメオスタシスに関しての話がありましたが、

これは必ずしも、あなたを落とそうとする動きだけではなく、場合によっては、あなたを上げてくれるものでもあるのです。

例えば、以下の記述。

-以下引用-

「想像もできない未来」を描き、その未来に対して強く臨場感を持てれば、すでにあなたはその未来の一部になっているのです。
現在の中に「想像もできない未来」につながる兆しを見つけることができるし、必要なときがくれば、未来をつかむためのアクションも起こすことができます。

なぜなら、人間の脳にはホメオスタシス(恒常性維持機能)があるからです。
ホメオスタシスとは、外界の環境変化に対して生体を安定した状態に保とうとする働きのことです。

(中略)

ホメオスタシスは肉体的なことだけではなく、心理的なことにも働きます。
たとえば、年収500万円で満足している人が偶然宝くじで1億円当たってしまった場合、その人にとっては年収500万円が自分にとって安定した状態であるため、1億円を持っていることに不安を感じてしまって、あっという間に使い果たしてしまうこともホメオスタシスの作用なのです。

ちなみに自分が安定した状態でいられる空間のことを、コンフォート・ゾーンと呼びます。
人間の脳はコンフォート・ゾーンにいることで非常にリラックスできるため、コンフォート・ゾーンを維持しようと無意識に働いているのです。

話を未来に戻しましょう。
未来に強い臨場感を持ったとき、その未来があなたにとってのコンフォート・ゾーンになります。
すると、ホメオスタシスの機能が働き、その未来と現状の乖離を埋めるために脳が活性化します。
脳は五感をフル稼働させて、現在の中に隠れている未来の情報を収集しはじめます。
その未来を実現するためにやるべきことも見えてきます。
私がこれまでに「目の前の世界の見え方が変わる」「今まで見えなかったことが見えるようになる」とお話ししたのは、まさにこのホメオスタシスの作用なのです。

-引用終わり-

つまり、

コンフォートゾーン(自分にとって心地よい空間)を高く保つ為に、抽象度の高い、貴方にとって理想的なゴールを設定し、

決してそれを下げないエフィカシー(自分の能力の自己評価=自分はこうなんだというセルフイメージ)を保ち、

※エフィカシーの高さが、潜在能力の上限を決める

スコトーマ(心理的な盲点)を外して

※「ストコーマとは、脳に入ってくる大量の情報の中でどれを意識するかを決定するもの、いわゆるフィルターみたいなもの」
※スコトーマは過去の経験や親からの影響でこのフィルターを形成します。何か、せっかくの良い情報を無意識で自分の中のフィルターによって見えなくしてしまっている。

ホメオスタシスを良い方向に働かせること。(それを恒久化する。)

ことが人生を高レベルに保つコツだそうです。

これらを全て高める為にも「夢リスト」とそれらの視覚化と(プチ)体験は重要ですよ。
Facebookを使っても視覚化の記録はできますよ。

 
 
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【教訓】人生の禁句その2〜そして、選択で報酬は変わる。


Eitokiです。

「このままでいいや」
「平凡も良いもんだよ」
「そんなリスクは犯せない」
「ほら、上手く行かないだろ」
「(一般的な)安定・安全が一番」
等々と

平和ボケな言葉を日々発していると、

貴方の人生はこのままでは済まないし、
逆にリスクをどんどん負っていることになってるんだよ。

だって、な~んにも実際に有効な対策打ててないから(一般人のよりどころであり、美徳である貯蓄や、保険や、投資なんか「真の緊急時」には実質的に何の役にも立たない)、世の中の流れが変わった瞬間、路頭に迷う事になる。また、そういう教育をしている子孫への影響もバカに出来ない。

一番必要な力は
「一般的に言われている(実際には通用しない)ゼロにならない対策力」を備える事ではなく、「実際に通用するゼロにならない対策力を持ちながらも、例え、ゼロになってもゼロから何度でも何種類でも価値を生み出せる力」だと思う。

「安定・安心」(どこが?(笑))

確かに良い言葉だね。

でも一般人が平和ぼけで使うこれらは
「安く定まる」「安く全うする」
って意味でもある。

これらの言葉も、
あなたの人生における禁句にすれば、確実に貴方の人生と夢の達成度は変わる。

一つの教訓がある。
何事も、「一生懸命やれば報われる。」
というのが日本人の美徳だし、日本人は勤勉だから、どんな職場に行っても日本人スタッフは実に良く働く。

特にトップの哲学が浸透している職場なんかは凄いよね。
そういう姿を見ると、

自分はいつも「この人たちはどのくらいの報酬をもらっているのかなあ?」って思う。

失礼ながら。

だいたい
「えーー」ってビックリするくらい低かったりする。

でも彼らはあんまりそう感じてない場合も多い。

この人ならその3倍でも可笑しく無いなあ。というような誠実・優秀な方でもね。

報酬が全てじゃない?

うん。
美しい考え方。(笑)

でもそれは豊かな人、余裕のあり人の考え方。

一般ピープルはもっとここに貪欲になんなきゃ。

大概は、自分の本当の価値と手段を知らないだけ。

ええっと、

誤解がないように聞いてもらいたいんだが、
誰が見ても何の価値もない人も存在します。

何らかの技能を身につけるべく、学ぶって事や努力をまったくしてない人。
そういう人たちは埋もれてていい。
いわゆる「かたまり」と呼ばれる輩。

でも「日暮族」「願望族」の中の人は「成功族」に上がれる人たちが必ずいる。
ある意味騙されてるんだから。

「あんたは中流、世の中そんなもん」って「逆」洗脳されている。

我々の業界のように無我夢中に何かにチャレンジしている人間が洗脳されてる訳でない。
本当のあなたの評価は報酬で解る。

そして報酬に上昇の可能性が見えないことほど、人のやる気を削ぐものもない。
能力を埋もれさせてしまう。

成果を出したら、きちんとそれに見合うものを報酬として返さないと、世の中に活気は出ない。

実は、
世の中の現実は、
貴方の能力によってではなく「取り組む業種と職種(労働者?/事業家?/真のビジネスオーナー?/真の投資家?)」によってあなたが受け取る報酬は変わってくる。

よく相撲の幕内力士と柔道のオリンピック選手違いが言われるけどね。
格好や世間の評価は関係ない。
どっちも相当大変だよね。

ここまで上り詰めた人は相当凄い。

でも柔道のオリンピック選手の方がおそらく狭い門なんじゃない?そしてカッコいいし勝てば脚光も圧倒的に浴びる。
でも、大相撲の方が圧倒的に現役でも引退後でも「待遇」(報酬)はいい。

現役時は賞金&懸賞制度が充実し、引退後も年寄り制度が充実している相撲界、一方、柔道界はほぼ名誉のみ。引退後も、柔道は基本的に全部自分で開拓しないといけないからね。

世の中、もっと極端な例も沢山ある。

だからこの「一生懸命やれば報われる」
という言葉も、視野を広く、十分に世の中を見て、自分とあの人やこいつをじっくり比べてから、発した方が良い。

しょうもないと見えるコイツが、一生懸命・プライドもって会社に尽くしてきた自分を遥かに凌駕していることも多いのだから。

貴方が例えリーダー、店長、部門長として今ヤリガイが十二分にあり、やる気と希望に満ち溢れていてもね。

本当にそのままで上り詰められるかは解んない。
てか、小さい枠だけで見ていたら99%無理です。

きっと同じ能力発揮したら2倍、3倍、しかも何倍も長い期間評価されるフィールドはある。

「可能性」がないものに、いくら一生懸命取り組んでも報いは小さいもんだよ。

失礼ながら。

ここでの「可能性」とは貴方が一生懸命情熱的に取り組み実績を出せば出すほど、報酬や価値として貴方にかえってくるものが大きくなる事やものを言ってます。

でも本当に「可能性」が大きいものは、そんなに簡単に応えてくれません。
だからちょっと押してびくともしないからって、簡単に引き返すようでは「安く定まり、安く全うする」人生しか送れないんだよねえ。

 

 

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【厳禁】人生の禁句


Eitokiです。

「どうせ○○」
「やっぱり○○」
「とはいっても○○」

あなたの人生における禁句にすれば、確実に貴方の人生と夢の達成度は変わる。

「どうせ」は足を踏み出す前、
「やっぱり」は疑問を持って進んでいる時、
「とはいっても」は前向きに進みながらも壁にぶつかった時に、でる言葉だけど、

いずれもダメ。

あと、
「無理」
「無駄」
と口にすること。

そして
「無視」
もダメだね。

無理だと思うのは貴方のその時の幻想。
貴方がすることに無駄な事など一つもないし、
最初から無視すべき人間など一人といないし、あなたの「見切り」の信憑性もあてにならない。

 

 

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up1【倭原点】『士魂商才』について


 

書籍「渋澤栄一の士魂商才」

渋澤栄一の「士魂商才」

Eitokiです。

私の長らくの恩人の新しい書籍の題名が「士魂商才」とのことで、どういう意味なのか?ちょこっと調べてみました。

下記はあくまでメモ書きです。

-以下引用-

これ四文字熟語として紹介されてます。

(しこんしょうさい)
意 味: 武士の精神と商人の才能を兼ね備えていること。実業家のモラルとして言われる語。
解 説: もともとの言葉は「和魂洋才」という四字熟語で、「武士の精神と商人の知恵」という意味の造語。
用 例: わが社には、初代社長から伝わる創業の精神として「士魂商才」という言葉がある。

-引用終わり-

書籍「渋沢栄一 人生意気に感ず “士魂商才”を貫いた明治経済界の巨人」

渋沢栄一 人生意気に感ず “士魂商才”を貫いた明治経済界の巨人

こんな逸話が紹介されてました。

-以下引用-

いま,企業モラルの低下が懸念され,CSR(企業の社会的責任)と,企業倫理が改めて問われている。

企業の使命は,事業の遂行を通して公利公益を図り,社会に貢献することにあるといわれている。

企業が社会の一員であり,その中で存在し事業を行っていく以上これは当然のことといえます。

自社の利益ばかりを優先させて経営すれば,社会の糾弾を受け行き詰まる。
といって,自社の利益を全く無視した事業の展開は,現実的ではない。

「士魂商才」という言葉がある。
原(もと)の言葉は「和魂洋才」という言葉で,「武士の精神と商人の知恵」という意味の造語だという。

百貨店『三越』の創業者『日比翁助』は士族の出身であり、「武士の魂をもって世に還元する商店」をめざした。
日比が拠り所としたのは「“利”より”義”を重んずる武士の魂」で「才知ある商売」を行う「士魂商才」の思想。

日比はまず,商業倫理が乱れた業界に,「義」という武士的倫理観を持ち込み,客のための商売,という商道徳の再構築をはかる。
さらに西洋の一流の百貨を手本に,呉服店をデパートに転換。



-引用終わり-

もっと詳しく、書いてあるサイトも有りました。
なかなか耳が痛い言葉が並んでますなあ。(笑)
=「理想のビジネスの結果」とも言えますね。

書籍「士魂商才―未来を創る絆プロジェクト by くわたまさなり」

くわたまさなり:士魂商才―未来を創る絆プロジェクト:本当になかなかいい内容ですよ(笑)

-以下引用(長文注意(笑))-

●連日連夜、鍛練できるとは、どういうことか

世に「士魂商才(しこん‐しょうさい)」と云う言葉がある。

これが一般的には、「武士の精神」と「商人の才」とを兼備することを指しているようだが、それだけではなく、実は武士あるいは武芸者などの武人は、自らの“腕が立つ”という事は、同時に“理財の才”もあり、最低限度の「困らない日常」を過ごしていけるという、“日常生活の経済面にも強かった側面”を云い顕わした言葉なのだ。

つまり、自分の生活が、まず金銭に困らないように確保できていて、その経済観念で、自らの修行も同時にやって行くと言う心構えだ。
したがって、武術の腕に覚えがあり、腕力には自信があるが、生活能力が“さっぱりだ”というのでは、全くお話にならないのである。

「武技が強い」ということは、理財の才にも長(た)けていて、困らずに、悠々(ゆうゆう)と生活出来ると云うことを明確にしなければならない。

近代にも、そうした武人は多く居た。
自らは修行者として修行に明け暮れる日々を送っていても、その修行が出来る充分な背景を作り上げ、同時に「悠々自適(ゆうゆう‐じてき)に修行が出来る」という現実を作り出している、資産家的な武術家や武道家を見掛ける事がある。

こうした人達は、歳(とし)をとっても、それなりに生活に困らない程度に裕福で、かつ「理財の才」も「良識」もあり、例えば、アパート経営やマンション経営、貸ビルや貸土地などをレンタルさせて、毎月ほぼ同額の“家賃・地代収入”があり、あるいは“銀行の預金利息”だけで、生活出来る状態を確保している。
そして、自分が働かなくても生活が出来、日々、生活費に困らないとう状態が確保できているのである。
こうした困らない生活背景があるから、思う存分、修行に打ち込むことが出来る。
この確保こそ、急務であることを気付き、これに敏感な人を「理財の才」のある人と称したのである。
その意味で、「士魂商才」が成り立つのである。

この「士魂商才」の原点を作った兵法家は、かの有名な宮本武蔵だった。
武蔵は、単に剣に優れた兵法家としてだけではなく、詩や書画や茶道の“道”にも優れ、同時に「士魂商才」を身に付けた武人だった。
多くの人は、武蔵のこの点を見逃してしまうようだが、これこそ人間が生きていく上で、最も重要な事柄である。
武術家や武道家と称する人が、目先の、数日後に控(ひか)えた支払い日に追い捲(ま)くられるようでは、お話にならない。自分の道場の、道場経営に追い捲くられて、日々を、あくせくしていてはなにもならないのである。日々の生活に困らない“余裕”が必要である。

武蔵は確かにチャンバラは強かったが、決して「剣豪バカ」ではなかった。生活能力は“さっぱりだ”と云う兵法家ではなかった。
彼は、あらゆる「道」に通じていたのである。あらゆる「道」に通じていたからこそ、決して「バカの範疇(はんちゅう)」には留(とど)まらなかった。

あらゆる「道」に通じてこそ、その人は“達人”と云われたり、剣術家ならば“剣聖”などと云われるのであって、単に一芸に秀(ひい)でただけでは、「名人の位」に辿り着けないのである。“わが扶持”や“わが糊口”は、生涯困らないものを用意したいものである。

この境地に達することにより、兵法家とか、また武術家とか武道家と云う武人は、「名人の域」に辿り着く、スタートラインに立てるのである。

しかし士魂商才は、「日々あくせくしなくても働かずに食っていける」という基本こそ、本来の意味であり、道場経営がうまいとか、人集めがうまいと言う利権に於ての「うまさ」でなく、あくまでも「働かずに生活するに充分な金銭を身に付いている」という条件を満たしていなければならない。
つまり、「徳分が身に付いている」と云うことである。

武術で云う「徳分」とは、「武運長久」をいうのであって、その第一は「運がいいこと」であり、その第二は、あくせくして働かなくても、「金が自然に後から蹤(つ)いて来ること」を云う。

この状態に至れば、まず、あくせくしないから精神的衛生状態もよく、金に追い詰められることがない。
自然と心は大らかになり、静寂にして安住の状態が得られる。
第一、労働をしないのであるから、出勤時間にも追われることがなく、仕事にも追われず、締め切りにも追われることがなく、同時に「多忙を極めない」のである。

毎日忙しく仕事をしている人は、その人に幾ら才能や素質があっても、こうしたサラリーマン状態の会社漬けで、修行の究極点には辿り着けない。
遂に時間に追われ、仕事に追われ、締め切りに追われ、また金銭の支払いに追われる。それはサラリーマン故に、生活の基盤を「月賦支払い」などのローン生計が邪魔しているからである。

大ローンで家族にせがまれるままにマイホームを建て、また、大ローンで車を買う。
その他の高級家電品を買うなどして、『貸借対照表』では「負債の部」ばかりを膨らませているからである。

「負債の部」が膨らんで、“今は何とか払っていける”と言う状態では、決して「資産の部」は殖(ふ)える事がない。
要は、「負債の部」を皆無に近付け、「資産の部」を殖やすことだ。

「兵法」と云う、自分の“好きな道”に没頭するのであるから、その没頭出来るだけの、充分な生活資金を予(あらかじ)め何処かで確保し、毎月困らない程度の、余裕ある日常生活の確保が出来ていなければならない。
それは根本的に云って、資本主義市場経済に準ずる「道場経営」とは、全く違う。

道場経営と云うのは、それが経営である以上、道場主は、やはり“労働者の域”から抜け出すことができない。
経営に、あくせくしなければならない。
資金繰りに窮(きゅう)すれば、金策の為に奔走しなければならなくなる。
そうなれば稽古とか、修行とかは、論外の事になる。そんな暇がなくなる。支払いに追われるからだ。

したがって、サラリーマン指導者の場合も同じであって、普段はサラリーマンをしながら、会社漬けになっているのではお話にならない。

一週間の内の公休日や、その他の余暇で道場生を指導するとか、あるいは余暇を利用した自己修行であってはならないのである。

この自己錬磨の条件は、「自分は働かずに、好きなことだけをして食って行け、かつ充分に思う存分修行が出来る」と言う条件を満たしていなければならない。

サラリーマンをしながらとか、道場経営にあくせくしながら武道家を気取ると言うのは、修行において、本腰を入れて修行に打ち込むことが出来ず、常に「生活費」の事を念頭に置いての修行であるから、その修行は何処まで行っても、いつまで経っても、「本物」とはならない。金銭に悩まされるからだ。

そういう状態であっては、見栄は張ることが出来ても、中身は発展途上の状態に流されてしまう。
そして、決して「余暇」の範疇(はんちゅう)を抜け出すことはないのだ。
それでは「理財の才」があるとは言えない。自転車操業の経営者と何ら変わるところはない。

本当の修行者は、「好きな道に日々・連日連夜打ち込む」ことが出来なければならないのである。

その意味で、宮本武蔵は、真の修行者であり、毎日の生活費も事欠くことがなかった。その背景には何があったのか、それを検証しなければなるまい。

●優れた金銭感覚

要するに「士魂商才」とは、金銭感覚であり、経済感覚である。この感覚が敏感なことを云う。
理想と現実をシビアに見詰め、この現実の中に、伸び伸びとした「余裕のある自己」を確立しなければならない。

したがって、そもそもの「兵法家」というのは、サラリーマンで生活費を稼いでいても駄目であり、また道場経営で弟子の数を気にして、金銭勘定にあくせく頭を悩ませていても駄目なのである。

つまり、本来の士魂商才を確立する為には「労働をしない」ことであり、また、「働かず、日々の生活費にあくせくしない」ことである。

食う為の生活費や、家賃あるいは固定資産税などに悩まされることがなく、金銭的にも充分に余裕がなければならない。
こうした「修行構図」が完成して、はじめて自分の好きな「道」に、身を投じることが出来るのである。

しかし、この確保が出来なければ、「あくせく状態」に陥る。金銭に振り回される。
いつも毎月襲って来る「支払日」に苦しまなければならなくなる。
例えば、世間にはこうした道場主も、かなりいるようだ。

“とにかく無理をして道場を建てたが、毎月の返済金が大変だ”では、お話にならない。
大ローンを組んでの道場設立ならば、こんはものは、遂には息詰まるので、最初から遣(や)らない方がいい。
見栄の為の無駄な足掻(あ‐が)きだ。

かつて滋賀県で、ある空手道場の師範が、大ローンを組んで道場を建てた人が居た。
ところが最初の思惑とは随分違って、遂に返済金に息詰まり、小学生の児童を誘拐して身代金を取るなどの犯罪を犯した事件があった。
こうした支払いに息詰まる、結果が見えた道場経営に乗り出すのなら、最初からアマチュアで、サラリーマンをしながら、公共の施設の体育館や武道館を借りて、そこで地道に、自己修養と指導に励んだ方が賢明である。無理して見栄を張る必要はないのだ。

あるいは、公園などの空き地やトレッキングがてらの山稽古を利用して、タダでこれを拝借することも出来る。
そういう道を選ぶなどの方法は、幾らでもあっただろう。

しかし、滋賀県在住の空手道場の師範兼経営者は、恰好をつける為に、無理して大ローンを組み、扮飾決算をして、財政状態や経営成績を実際よりよく見せる為に、『貸借対照表』や『損益計算書』の数字を誤魔化して提出し、銀行から金を借りたのだろう。

こうした見切り発車が、数ヵ月後には大いに狂い出したのである。
思うほど、道場収入はなかったのである。
そして自分が『貸借対照表』や『損益計算書』の数字が読めない場合、当然誰かに依頼することになり、これらも墓穴を掘る要因になったと思料される。

その上、自分の財産を管理する能力もなく、その一大失態と云うべきことは、『貸借対照表』や『損益計算書』を、全く知らず、読みからすら勉強してなかったことである。
大ローンを組んで建てた道場が、自分の「資産の部」に入るのか、「負債の部」に入るのか、全く読めなかったわけである。
これこそ「士魂商才」の抜け落ちた、最たる事件であったと言えよう。

本来、武術や武道の達人と云うのは、商才にも長け、両者は“両輪の輪”の如く、同じように機能するのだ。

「武の道に秀で、しかもそれが強く、名人の域である」ということは、それと同じ位に「商売がうまい」と云うことであり、その「商売のうまさ」は、働かなくても食っていけるというものでならなければならず、確固たる金銭感覚を持っていることなのだ。

普通、経営者でも究極の経営の至る所は、最後は経営すら止めてしまって、働かずに食って行けて、その資産で充分に賄(まかな)える生活を楽しむことである。

日々をあくせくするような経営者であっては、その人が如何に大企業を経営していても、単なる労働者でしかない。

「道に秀で、強い」ということは、「商売にも明るく」また「理財の才もある」ということなのだ。

そしてこの能力は、更に進化すれば、「仕事をせずに食っていける“何か“”を手に入れていて、生活費に困らない」と言う条件を満たしていることだ。

つまり、士魂商才において、「食うに困らない程度の財を貯えた」と言う事なのである。

また自ら、武道家とか修行者などの言葉を自負していても、自分の“修行の場”が、公共施設の武道館と体育館、あるいは貸ビルの、朝から晩まで24時間使えない場所を、週に何回か使用する練習場を確保していたところで、これもまた、本物の自己鍛練をする道場を確保しているとは言えない。

借り物であっては、何もならないのである。
借り物でない、自分が生涯を通じて鍛練出来る、本当の意味での道場を、自力で確保しなければならないのである。

そう考えれば、金銭感覚とか、経済観念とかは、修行者として、最も敏感にならねばならない事柄である事に気付こう。

つまり、これこそが「士魂商才」なのだ。

武人の修行をすると云うことは、同時に、「働かなくても食っていける」という、「商才の極意」に到達しなければならないのである。
これは地代・家賃収入であったり、銀行預金の利息であったりするのだ。

-引用終わり-

続きやもっと詳しくは、
http://www.daitouryu.net/1250019051976/

 
 
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